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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)784号 判決 1965年3月02日

第一審原告 株式会社三好製作所

第一審被告 国

訴訟代理人 武藤英一 外二名

主文

(1)  原判決中第一審被告国の敗訴の部分を取消す。

(2)  第一審原告株式会社三好製作所の請求を棄却する。

(3)  第一審原告株式会社三好製作所の控訴を棄却する。

(4)  訴訟費用は第一、二審を通じ第一審原告株式会社三好製作所の負担とする。

事  実 <省略>

理由

(一)  産業復興公団が昭和二二年法律第五七号産業復撰公団法により設立された法人であつて、経済安定本部総務長官の定める基本的産業政策及び産業計画に従い、産業設備又は資材の整備活用を図り、産業の速かな復興を促進することを目的とし、経済安定本部総務長官の定める方策に基く産業設備の建設、産業設備並びに資材の買受、貸付又は売渡その他同長官の指定する業務例えば、所謂過剰物資、特殊物件、不正保有物資、兵器処理委員会より引継いだ物件、物価統制令違反により没収された物件を適正ルートに配分することなどを業務とし、同公団前橋出張所は群馬県下における公団業務を行い関東財務局前橋財務部あるいは群馬県特殊物件処理委員会等より指示を受けた特殊物、件につき、その買入、保管、売渡等に関する業務を執行していたこと、訴外天城産業株式会社は公団の代行商社であつて、公団取扱物件の検収、格付、保管、販売の斡旋を行つていたこと、公団は産業復興公団法第八条に基き経済安定本部総務長官の昭和二六年三月二八日付命令により同月三一日解散し、同日付政令第六一号産業復興公団解散令により昭和二六年四月一日から清算に入り、昭和二七年四月二六日清算結了の登記をしたこと、同公団清算人は清算開始後解散令第九条に基き、昭和二六年四月一一日、同月二〇日及び同月三〇日の三回に亘り日本経済新聞による公告を以て、公団に対する債権者は同年六月三〇日までに債権を申出るよう催告し、債権者が右期間内に申出をしないときは、清算から除斥される旨を付記したこと、清算人は右公告とは別個に第一審原告に対して債権の申出をするよう直接催告していないこと及び昭和二七年四月七日産業復興公団前橋出張所長中沢寛並びにに天城産業前橋支店長高久洸が共犯として詐欺罪により起訴され、中沢寛は第一審前橋地方裁判所において昭和二八年一二月二日懲役一年に処せられたが、その控訴審において執行猶予に付されたこと、高久洸は右第一審において懲役一年執行猶予四年の言渡をうけ、右裁判はいずれも確定したこと、以上の事実は当事者間に争がない。

(二)  昭和二五年三月四日締結の岩鼻所在物件の払下(売買、以下同じ)契約不履行を理由とする金一六〇万円の損害賠償請求について、

第一審原告は昭和二五年三月四日第一審原告と公団の代理人たる天城産業前橋支店長高久洸との間に、旧東京第二陸軍造兵廠岩鼻製造所々在の地下ケーブル線一三〇屯及び鉛板屑七〇屯の売買契約が成立したし、その履行不能による損害賠償を請求するけれども、右高久洸が公団を代理する権限を有していたことについて、これを確認できる証拠はなく、却つて冒頭掲記の当事者間に争のない事実といずれも成立に争のない乙第六号証の五、六(甲第一七、第八号証)、乙第七号証の二(甲第一九号証)、乙第一三号証(甲第二四号証)及び乙第一七号証、原審証人中沢寛、同代田重徳、同沢村隆司こと小山豊の各証言を綜合すると、高久洸には公団を代理して物件を売卸する権限は全くなかつたこと、即ち公団は第一項に記した業務を遂行するに当り、鉄鋼、非鉄金属、油類、繊維品等各部門毎に専門商社を選び、右商社に手数料を支払つて公団取扱物件の検査、格付、収納、保管及び売買の斡旋を委嘱し、右商社は代行商社と呼ばれているが、公団取扱物件につき公団を代理して買受申込人と売買契約を締結する権限を有せず、又かつてこれを与えられたこともなかつたこと、従つて天城産業前橋支店長高久洸も右の権限を有していなかつたことが認められる。

なお、第一審原告が前記契約について代行商社天城産業前橋支店長高久洸の行為につき民法第一〇九条第一一〇条に準拠して公団は本人としての責に任ずべき旨を主張するとしても、当裁判所は右高久洸の行為につき公団は本人としてその責に任すべき限りではないと認めるものであつて、その理由は原判決と同様であるから、これ(原判決理由二の(五))をここに引用する。

然らば昭和二五年三月四日第一審原告と公団代理人天城産業前橋支店長高久洸との間に成立したという売買契約の不履行を理由とする第一審原告の損害賠償の請求はその他の点について判断するまでもなく理由がない。

(三)  昭和二四年=一月二八日の丸鋼二五〇屯アルミニウム合金屑三〇屯の払下契約の不履行を理由とする金一六〇万円の損害賠償請求について、

前項で述べた通り昭和二五年三月四日の契約は無効であるから、第一審原告主張の通り前年一二月二八日に結ばれたと謂う丸鋼二五〇屯、アルミニウム合金屑三〇屯の払下契約がこれに更改されたとすれば、右の旧契約が復活し、これに基き第一審原告は丸鋼やアルミニウム合金屑の引渡請求権を有する筋合となるので、右の旧契約の成否について按ずるに、第一審原告の全立証によつても、その主張の如く天域産業前橋支店長沢村隆司(当時事実上支店長の職務を執つていたもの、以下同じ)に公団所管の丸鋼及びアルミニウム合金屑を売却する代理権があつたことを認めることができないばかりでなく(前項で述べた通り、抑々天城産業前橋支店長にはそのような権限はなかつた)第一審原告主張の払下契約の成立それ自体を認めることもできない。尤も原審証人代田重徳、同鳥塚善の各証言により公団前橋出張長中沢寛の印影及び同出張所係員鳥塚善の印影が夫々真正の印により顕出されたものと認められる甲第一号証(出荷指図書)及び原審証人藤生仲の証書により同人が作成したものと認められる甲第二号証(在庫照会回答書)と原審証人吉永鉄次郎の「同人は第一審原告の前橋駐在員であるが、同人が天城産業前橋支店に右出荷指図書記載物件の払下申請手続を依頼した結果、公団より右出荷指図書が発行され、同人がこれを受領した」旨の証言とによれば、第一審原告主張の払下契約が成立したもののように考えられないではない。然し当時天城産業前橋支店長ないし支店員であつた原審証人沢村隆司こと小山豊、同藤生啓吉、同藤生仲、当時公団前橋出張所長であつた原審証人中沢寛、同出張所職員であつた原審証人代田重徳、同鳥塚善の各証言には右の吉永証言を裏付けるものがたいばかりか、前記吉永証言についてみても、代金の支払及び物件の引渡に関する証言はあいまいである。その上原審証人藤生仲、同中沢寛、同代田重徳及び同鳥塚善の各証言を綜合すれば、前記出荷指図書(甲第一号証)及び在庫照会回答書(甲第二号証)は、天城産業前橋支店長沢村隆司が同支店員藤生仲をして偽造せしめたもので、吉永鉄次郎はその事情を諒解の上これを受領した事実が認められるので(その詳細は後記(四)に認定する通りである)前顕証拠を採用して第一審原告主張の売買契約の成立を肯定することはできない。原審証人三好清のこの点に関する証言は告永鉄次郎からの伝聞によるものであるから、吉永証言を措信できない以上、三好証言も又採用できずその他第一審原告の主張を肯認するに足りる証拠はない。

してみれば天城産業前橋支店長沢村隆司に公団の代理権の有無はもとより、表見代理の成否を論ずるまでもなく、売買契約の成立を前提とし、公団に対し債務不履行による損害賠償義務があると主張する第一審原告の主張は理由がない。

(四)  中沢寛、高久洸の共同不法行為を理由とし民法第七一五条に基く金一六〇万円と金三〇〇万円の各損害賠償請求及び沢村隆司、藤生啓吉らの不法行為を理由とし民法第七一五条に基く金一六〇万円の損害賠償請求について、

(1)  いずれも成立に争のない甲第三号証(乙第二二号証)、甲第七号証の一乃至三(乙第二二乃至第二四号証)、甲第九号証(乙第三号証の二)、甲第一〇号証(乙第四号証の二)、甲第一二乃至第一五号証(乙第五号証の二乃至五)、甲第一七乃至第二六号証)乙第六号証の五、六、乙第七号証の二、乙第八号証の二、乙第九号証の二、乙第一〇号証、乙第一一号証、乙第一三号証、乙第一四号証、乙第一八号証)、乙第一七号証及び第一九号証、原審証人吉永鉄次郎、同三好清、同中沢寛、同藤生啓吉、同代田重徳、同鳥塚善、同大里喜彦、同藤生仲及び同沢村隆司こと小山豊の各証言を綜合すると、次の事実を認めることができる。

産業復興公団の所管物件の買受希望者が右物件を買受けるには、先ず監督官庁から物件の配給割当切符を入手した上、公団に対し買受方を申出で、公団はこれに応じて、物件保管者たる代行商社に対し在庫照会をなし、代行商社より現有の回答があると、公団出張所においては公団本部の承認を得た上で、又公団本部では直ちに、買受希望者と売買契約を締結し、買受人に対して代金請求書を発し、買受人はこの請求書に基いて指定銀行に代金を支払い、公団は指定銀行から入金報告書を受取ると、代行商社に対する出荷指図書を発行し、以て買受人は代行商社から現品を受取ると謂う一連の手続がなされるのが本則であつたが、公団前橋出張所においては昭和二四年頃所長中沢寛の独断で右の正規の手続によることなく、代行商社たる天城産業が買受希望者の依頼をうけ、その代理人として公団と売買契約することを認め、その場合天城産業は買受希望者より概算代金を預かつた上、公団に対しては買受人の代金債務を引受け、これにより公団本部の払下承認前に、出張所長中沢寛が仮の出荷指図書を発行し、これにより天城産業がその保管物件を買受人に引渡していた。第一審原告はかような方法で昭和二四年後半に数回に亘り公団より鋼材を買受けていたところ、同年一二月第一審原告の前橋駐在員吉永鉄次郎は天城産業前支橋店長沢村隆司及び同支店員藤生啓吉より『群馬県下の旧東京陸軍造兵廠岩鼻製造所にある鉛、地下ケーブル公団から第一審原告に払下げられるようにしてやる』と再三持ちかけられた後、『公団に納める金が足りないので、至急一〇〇万円をつくつてほしい』と依頼されたので、吉永は岩鼻所在物件の払下を受けるには、その頼みをきいてやらねばなるまいと考え、一〇〇万円は後日の払下代金に充当すればよいとして、第一審原告代表者三好清に連絡したが、あいにく同人には手持ち現金がなかつたので、その指示により大里産業株式会社から借受けることとし、吉永鉄次郎が同会社と交渉の結果先づ物件の存否を確めることになり、天城産業前橋支店員藤生啓吉の案内で岩鼻製造所の現場に臨み、鉛板や地下ケーブルの多量に存することを確認したが、大里産業は念のため担保を要求して来たので、沢村隆司、吉永鉄次郎の両名は互いに意を通じ偽造の出荷指図を担保として大里産業に渡して一時をしのぐこととし、その頃沢村隆司が入手(どのようにして入手したかは、これを確定すべき証拠がない)した白紙の出荷指図書(但し公団前橋出張所長中沢寛の記名職印及び係員鳥塚の認印の押捺されているもの)に天城産業支店員藤生仲をして品名、規格寸法、数量、金額等を記入せしめ、以て丸鋼二五〇屯及びアルミニウム合金屑三〇屯、金額三二一万円と定めた出荷指図書(甲第一号証)を偽造し、これを吉永鉄次郎が大里産業に交付して金一〇〇万円を借受けた上、右金一〇〇万円を岩鼻所在の鉛板、地下ケーブル線払下代金の前渡金として天城産業前橋支店員藤生啓吉に渡した。翌昭和二五年一月初め更に同支店からの要求で第一審原告代表者三好清は同支店宛前同様岩鼻所在物件払下の前渡金として金六〇万円を送金した。ところがその頃天城産業前橋支店のものが、おそらくそれは沢村隆司と思われるが、右の金一六〇万円をほしいままに費消してしまい、程なく沢村隆司は所在を晦ましてしまつた。一方さきに述べたようなルーズな取扱が災いして、天城産業前橋支店の公団に対する未納金は数百万円にも上り、公団本部の監査をひかえ、公団前橋出張所中沢寛はその穴埋めに焦慮していたところ、第一審原告と天城産業前橋支店との間で岩鼻所在物件の払下に関し前記の通り金員が授受されたことを知り、岩鼻所在物件は当時賠償指定物資として占領軍が保管中のものであり、何時それが解かれ、関東財務局前橋財務部を通じて公団前橋出張所保管となるか確たる見通しもないのに、中沢寛は、その頃新たに天城産業前橋支店長として赴任して来た高久洸と意を通じ岩鼻所在物件をたやすく払下できるもののように詐称して、第一審原告より代金名下に出損させ、これを前記未納金の補顛に充てようと考え、吉永鉄次郎に対し自ら岩鼻所在物件を第一審原告に払下げる意向のあることを伝えると共に、藤生啓吉をして岩鼻所在物件がぼう大なので更に前渡金が必要であることを告げさせた。吉永よりその旨の通知を受けた第一審原告代表者三好清はその後岩鼻所在の莫大な鉛板屑、地下ケーブル線を現認して、何とかしてその払下を受け、多大の利益を得んものとはやり、金策の都合上大阪より前橋駐在の吉永鉄次郎に対し長距離電話で払下実施の時期を確めたところ、偶々居合わせた中沢寛が電話口に出て『岩鼻の物件は公団が責任を以て払下げる。部は近日中にも出荷できる』旨嘘言を弄して金策を急がせ、更に昭和二五年三月三日頃前橋市内住屋旅館において

『地下ケーブル線は公団総裁と関東財務局との間で仮契約ができているし、鉛板屑は県の特殊物件で既に公団移管になつているから直ぐ出せる。公団は天城産業に払下げるから、第一審原告は必ずそれから手に入る』などと三好清を欺き、よつて同人をして公団より天城産業を通じて買取ることができると謂う前提の下に、天城産業前橋支店長高久洸との間で岩鼻所在の鉛板屑七〇屯及び地下ケーブル線一三〇屯の売買契約を締結させ、その内金として金一五〇万円を高久に交付させ、同時に高久において前任支店長沢村がさきに右売買の前渡金として金一六〇万を受領したことを確認し、更に同月二三日中沢寛は三好清らに対し『天城産業の人夫が他の仕事をしているが、三日後にはその方が片付くから、岩鼻の撤去作業にかからせて、約束の物件を引渡せるようにする』旨虚言を弄して同人らを欺き、よつて翌二四日三好清より高久洸に対し前同様の趣旨の下に更に金一五〇万円を交付せしめ、その頃高久洸をして右合計金三〇〇万円を天城産業前橋支店の公団に対する別途未納金の支払に流用させてしまつた。

以上の事実を認めることができ、前記証拠中右認定にそわない部分は措信できない。

(2)  してみると第一審原告が天城産業前橋支店に岩鼻所在物件の前渡金として、昭和二四年一二月末に交付した金一〇〇万円及び翌年一月始に交付した金六〇万円は、当時中沢寛及び高久洸以外の者によつて横領消費されてしまつたものであるから、その後高久が中沢と共謀して前記の通り三好清より金一五〇万円を詐取するに際し、岩鼻所在物件の前渡金としてさきに金一六〇万円を受領済みであることを確認したからと言つて、これにより第一審原告に対し新たに金一六〇万円の損害を与えたと謂えないし、また天城産業に不法に財産上の利益を得させたということはできないから、前記一六〇万円に関する限り、中沢、高久の不法行為により第一審原告が同額の損害を受けたと謂う第一審原告の主張は理由がない。

(3)  次に金三〇〇万円の損害賠償請求について考えてみると、第一審原告が昭和二五年三月三日頃金一五〇万円、同月二四日金一五〇万円を夫々中沢、高久に詐取されたことは前認定の通りである。而して公囲前橋出張所長が買受希望者に対し、公団所管物件又はその所管となりうべき物件について、払下の能否、払下の意向の有無、払下実施の時期及びその条件等を述べることが、その職務に属することは、前認定の公団前橋出張所の業務に照らし疑がないから、公団前橋出張所長中沢寛がこれについて虚書を弄し、第一審原告代表者三好清をしてその旨誤信させ、よつて同人より高久洸に対し合計金三〇〇万円を交付せしめてこれを詐取したことは、公団前橋出張所長中沢寛がその職務の執行につき第三者に損害を加えたものと謂わねばならない。

尤も乙第二二号証(甲第七号証の一)によると、中沢寛は、天城産業前橋支店長高久洸と第一審原告との間の昭和二五年三月四日附の前記岩鼻所在物件の売買契約書に立会人として署名押印しており、これだけを取上げてみると、かかる立会は公団出張所長の職務に属しないもののようにも考えられるが、本件における中沢寛の役割は、右の立会に限られたものでなく、その前後における中沢の言動が重要な役割を果したものであることは、前認定の通りであるから、乙第二二号証(甲第七号証の一)によつて、公団の責任を否定できないことは明らかである。

してみれば、高久洸の立場に論及するまでもなく、公団は民法第七一五条により第一審原告に対し金三〇〇万円の損害賠償義務をおうものと謂わねばならない。

(4)  第一審原告は予備的に、天城産業前橋支店長沢村隆司、同支店員藤生啓吉らが偽造の出荷指図書(甲第一号証)を真正なものとして第一審原告を欺き、丸鋼二五〇屯アルミニウム合金屑三〇屯の代金名下に金員を詐取したと主張するけれども、この点に関する原審証人吉永鉄次郎及び同三好清の各証言は、前述した通りこれを採用しがたく、他に右主張を肯認するに足りる証拠はない。却つて前認定の通り出荷指図書が不正のものであつたことは、当時その衝に当つていた第一審原告の前橋駐在員吉永鉄次郎が知つていて、前記金一六〇万円は、これと別に岩鼻所在の鉛板屑、地下ケーブル線の払下の前渡金として天城産業前橋支店に託したものと認められるから、既にこの点において第一審原告の主張は理由がない。

(5)  最後に第一審原告は、右金一六〇方円は天城産業前橋支店において第一審原告より岩鼻所在物件の前渡金として預り、これを保管中、同支店長沢村隆司らにより横領費消されたものであるが、同支店は公団の代行商社として公団の業務執行の補助者たる関係にあつたから、公団は民法第七一五条によりその賠償の責に任ずべきであると主張するので按ずるに、代行商社は、本来公団より委嘱されて公団取扱物件の検収、格付、保管及び払下の斡旋をなすものであるが、当時公団前橋出張所における取扱例としては、天城産業が買受希望者の代理人として公団より払下をうけることが認められており、第一審原告もこの方法で天城産業前橋支店に払下手続を依頼し、且払下代金を預託し、以て数回鉄鋼の払下を受けていたことは前認定の通りである。従つて天城産業が公団の代行商社という名称を用いていたとは言え、公団を代理してその所管物件を売却する権限や公団を代理して売買代金を受領する権限を有していなかつたことは、第一審原告において知悉していたところであり、且又天城産業が買受希望老より払下手続の代行を依頼され、払下代金を預かることは、公団より独立した業者として買受希望者との間の委任契約に基きこれをするものであることは、容易に理解できるから、この部門に関する限り、天城産業は何ら公団の補助機関たる性格を有するものでないと謂わねばならないし、公団前橋出張所が天城産業前橋支店の行う買受希望者からの代金の受託及びその保管について、事実上指揮監督をしていたと認むべき証拠もないのである。してみれば天城産業前橋支店長沢村隆司ら同支店の職員が第一審原告より預託された前渡金一六〇万円を保管中、これを横領したことは、同人らが公団の職務執行補助者として公団の業務執行につきなしたものと認めることができないから、右の横領については、公団が民法第七一五条に基き使用者責任をとるべき筋合でないと謂うべきである。

(五)  以上の次第で、公団は第一審原告に対し、金一六〇万円の賠償責任はないが、前橋出張所長中沢寛の詐欺行為により金三〇〇万円の損害賠償債務を負つたものと謂うべきところ、第一審被告は、右の債権は公団清算人に知れたる債権でないのに、第一審原告が公団清算人のした所定の債権申出の催告期間内にその債権を申出なかつたので、その債権は清算から除斥されたと抗弁するので按するに、当裁判所は原審と同一の理由により、右の抗弁は理由がなく、且第一審被告が右の債務を承継し、当事者となるものと考えるので、これ(原判決理由(七)及び(八))をここに引用する。但し原判決二九枚目表一〇行目『甲第二号証』とあるを『甲第四号証』と訂正する。

(六)  そこで第一審被告の時効の抗弁について審究する。第一審原告は先づ、右抗弁は、第一審被告の故意又は重大な過失により、時機に遅れ、訴訟の完結を遅延せしめるから却下されるべきである。と主張するけれども、本件訴訟の経過に照すると、第一審被告は原審において消滅時効を援用するまでもなく第一審原告の請求は理由がないものと考え、訴訟を遂行していたところ、予期に反し一部敗訴したので、当審の初めにおいて、原審認定事実に基き消滅時効を援用するに至つた、と考えられるのであるが、本件については双方より数多い攻撃防禦の方法が提出され、いわば難件の部類に属すると言つて差支えないから、第一審被告がその勝訴を予期して時効の抗弁を提出するに至らなかつたことに故意又は重大な過失があつたとは断じがたい。又その証拠は原審に現われた証拠によるものであつて、これに対し第一審原告が防禦方法を購じ、その申請にかかる証拠を取調べるのに若干日時を要したとしても、このためにさして訴訟を遅延せしめたとは考えられないから、第一審原告の主張は採用できない。

よつて進んで時効の成否を按ずるに、第一審原告訴訟代理人が当審第六回口頭弁論期日忙おいて相手方の時効の抗弁に対し昭和三七年四月一〇日付準備書面を陳述し、以て第一審原告代表者三好清が昭和二五年四月一〇日を過ぎる頃より同人が公団前橋出張所長中沢寛らによつて金員を詐取されたことを知り、その頃より時効が進行することを認めてこれを自白したところ、その後第一審原告訴訟代理人は右の自白は真実に反し且錯誤に基くものであるとしてこれを撤回するに至つたが、当審証人広重慶三郎、同三好清の証言中、当時の第一審原告の代表者三好清やその代理人広重慶三郎が昭和二七年一月以後になつて始めて中沢寛らによつて金員を詐欺されたことを知つた旨の証言は、いずれも成立に争のない甲第一一号証(乙第四号証の四)、乙第一二号証、前記甲第一〇号証(乙第四号証の二)、甲第二二号証(乙第一〇号証)に照らしたやすく措信できず、他に第一審原告の右主張を肯定できる証拠はない。してみれば前記自白の撤回はこれを許容できないから、本件金三〇〇万円の損害賠償債権は、第一審被告の抗弁する通り、昭和二五年四月一〇日を過ぎる頃から消滅時効が進行するものと謂わねばならない。

次に第一審原告の時効中断の再抗弁について按ずるに、前記甲第一一号証によれば、訴外東良男が昭和二五年頃公団本部から鋼材約一、〇〇〇屯の払下を受けたことを認めることができるが、同号証により明らかな通り、その払下は公団側において本件岩鼻所在物件の払下事件と切離し、これと関係なく払下をしたものであるから、これを以て公団が本件金三〇〇万円の損害賠償債務を承認しと解することはできない。なお第一審原告の言う『善処を約した』とは具体的にいかなることが明らかでないが、第一審原告の全立証によつても、公団が右の損害賠償債務を承認したと認むべき証拠はない。又裁判外の請求すなわち催告は、その後六ケ月内に裁判上の請求等民法第一五三条所定の処置がとられねば時効中断の効力がないが、前記の通り昭和二五年四月一〇日を過ぎる頃から時効が進行すると、遅くも昭和二八年四月末日限りで三ケ年の時効期間が経過するが、その間に催告がなされ、且その後六ケ月内に民法第五三条所定の処置がとられたことについては何らの主張も立証もないので(三〇〇万円の本件損害賠償請求の訴が提起せられたのは昭和二九年一二月一三日であることは記録上明かである。)、第一審原告の誓う請求も又時効中断の効力を有しない。されば本件金三〇〇万円の損害賠償債権は前記の通り遅くも昭和二八年四月末日限りで時効により消滅したと謂うほかはない。

以上の次第で結局第一審原告の請求はすべて理由がないので、その一部を認容した原判決は不当であつて、第一審被告の控訴は理由があり、これに対し第一審原告の控訴は理由がない。よつて原判決中第一審原告の請求を一部認容した部分を取消して、その請求を棄却するとともに、第一審原告の本件控訴を棄却することとし、民事訴訟法第三八六条第三八四条第九六条第八九条に則り主文の通り判決した。

(裁判官 岸上康夫 室伏壮一郎 斎藤次郎)

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